呪いの言葉

相手を縛る為には、まず不明瞭であることが重要だ。
よって人は呪いをかける為に、不明瞭な反復を行う。理解不能だ。なぜなら
呪いは理解を嫌うからだ。 理解されては、呪いにならない。

『あなたの為だけを思っているのよ』 『何が気に入らないか、はっきり言って』
『お前、俺をナメてんのか』 『お願いだから 私の事も分かって』
『俺はお前の事だけを思って やってるんだ』などは 典型的な意味不明の
呪いの言葉だ。
この言葉を繰り返されても、相手は答えることができない。
相手の答を封印しつつ、答えられない質問を繰り返すことで相手を
呪いにかけているのだ。 呪いの言葉をかけられた相手は、沈黙するしかない。
答えは、最初から封印されているのだ。
呪いの目的は相手を遠ざける為ではなく、相手を縛る為なのだ。
呪いを操る者は必ず相手のそばにいる。
『根をもつこと、翼をもつこと』
(↑これは内田氏の言でなく、内田氏が引用していたもの)

コミュニケーションできない人間関係と いうのは、
ほとんどの場合、 そういう形で展開する。
答えることのできない質問を執拗に受けるという仕方で、
沈黙を強いられる時の不快感と疲労感は
うまく言葉では言えないものだが、あれは「呪い」を かけられていた のである。

「ハラスメント」というのも、おそらく本来は
「それにきっぱりと 答えきることのできない種類の問いかけや 要求を、
身近にいる人間から執拗に繰り返されることによって、生気を奪われ、
深い疲労を覚えること」という事況を 指していたのではないだろうか?
「呪い」を受けたものの徴候とは 「生気を失うこと」であるという
「呪い」の定義は「深い疲労」という 「ハラスメント」の原義と通じている。
だとすれば、「セクシャル・ハラスメント」という言葉の本質的な
定義は、やはり単に「性的に不快な言動」というだけでは足りないだろう。

「立場上はっきりと『ノー』と言う事が憚られるような身近な人から
性的な誘いや、性的な いやがらせを執拗に受ける」ことが 「不快」である、
本当の理由は、その曖昧で意味不明の執拗な「問いかけ」に
答えることができずに 沈黙を強いられることで、
どんどん生気を失ってゆく「生命の枯渇」にあるのではないのだろうか?

「そんな事をしてたら、あんたは きっとダメになる」
「うまくいかなかったら戻ってくれば」 「そういうことじゃ病気は治らないよ」
「あんたは何をやってもダメな人ね」 「おまえは男運が悪いな」
「そんなことじゃ誰も友だちになんか、なってくれないよ」
「将来ロクなことはないわよ」

これらは全て効果的な「呪いの言葉」である。それは心のひだに食い込み、
ずっと後になってさえ、決定的な状況のときに不意に意識に
せりあがってきて、その人の決断を食い荒らす。

若い女性に対する典型的な「性的いやがらせ」は
「結婚しないの?」「子はできないの?」の2つの質問である。
この問いかけは単なる質問のかたちを とっているし、場合に よっては
「親身になって心配している」ような偽装さえするけれど、
そのねらいは「絶句させる」ことにある。

人は結婚する相手がいれば結婚するし、子どもができるなら子どもは生まれる。
それが、そうなっていないのには 複雑な理由がある。
心の奥の方にあって、誰かれ構わず説明できるようなものではない理由がある。
それを敢えて問いかけることの本当のねらいは、
答えを封印した上で問いかけ、沈黙を強いることにある。
それはもう「呪い」という他にない だろうと私は思う。

そして、その「呪い」を解除する一番効果的な方法は、
「これは呪いだ」という事を、理解する事にある。 呪いは理解を嫌う。