クドカンみたいな男性が、メインになっている夢

彼がメインになっているのは解るけど、夢の中の視点は
「彼からみた世界」だけでなく、彼に近しい人、や
全体からの視点(神の視座?)になったりもする。
 脚本家と、放送作家が合同で、
お笑いでもあり、舞台でもある
(演劇というには違う・・けど、どう違うか説明できない)催しを作らないか?と
いった企画が持ち上がる。
ブログなど、聞いたり読んだだけで「行ったつもり」になるのではない、
参加して初めて楽しめるような作品にするには?の、会議が続く。
凄い案が、バンバン惜しげもなくあがる。
そんなに案出したら、今回A案を活かすために
B案は控えるしかない場合、勿体ない、なんて発想はない。皆、才能を出し惜しみしない。
企画会議の様子だけでも面白い。
舞台では、オセロ中島のパンツが見えるシーンがある事について−−
「見せパンにしろ、見せパンに見えないパンツにしても、
そもそも『パンツ見える』が、
私だと、意味がありそうでない状態になってしまいません?」と中島。
「『もう売れている中島なのにパンツ出してる』って
意味に取られたら、パンツ出しの意味として弱いわな。
『パンツ見えて嬉しい』って層は、もっと弱い(少ない)んで、
カウントしなくてイイとしても、『何故、あの中島がパンツ出す?』が
話題にあがる数は、この公演の広告媒体によって、どれだけ変わるか、
もっと理詰めで会議せなアカン、て事やよな。
リハ風景見せてない筈のところからも、
『何故、あの中島がパンツ出す?』と上がった場合、
観てもいない、そもそも金を払って舞台を観る気がない連中にいじられても、
痒くもないんだけど、そんな前評判だけで
解った風なことを言う自体が恥ずかしい、と観た人には解るようにするには
どう演出するか。
道徳的にどうか、じゃなくて、そこらへんを考えてる、と思われたら、
今度は演劇ファンの為の舞台になるし」など、白熱した議論が交わされる。
*1白熱しつつも、皆、ユーモアを忘れないんで、とても
スマート且つ面白い。が、
「この会議がどんなに面白くても、Vを回さないこと。
これから俺らが作る舞台は、歴史に残るのは明らかやけど
そのメーキングビデオも作りたい誘惑に、これから
何度も襲われるだろうけど、それを作ることを考え出すと、
勢いがオカシクなるから」と誰かが言っている。
場の持つ磁場に圧倒されていたら、舞台当日になっていた。
中島のパンツが、ショーツでもパンティでもない、正にパンツって感じだなぁ。
あんなに生地が厚いのに、ちゃんと光沢があるんだ、とか
思っていたら、目が覚めた。

*1:これが見当違いかは措いといて